読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

元興寺の鬼

昨日は彼岸の中日、元興寺をお参りした話をした。もうこの時期に元興寺を参るのは3年目になる(むろん、そこには季節の花々を眺めるという目的があるのだが・・・)。そんな時いつもこの寺で「?」と思っていたのが、これらの像である。

IMGP2335.jpgIMGP2325.jpg

お寺の境内に・・・「鬼?」といつもいぶかしく思っていた。

・・・が、ふと思い出したのが次の説話である。全文を引用すれば長くなるので、全体を要約させてもらった。

それはまだ明日香に都があった敏達天皇の御代に、尾張国愛智郡、片輪の里の農夫の前に雷が落ちて、小さな子どもの姿になった。農夫が鉄の杖で突こうとすると、殺さないでくれたら、子を授けて報いましょうと言う。農夫は雷のいう通りに水槽を造ってやり、雷を天に帰した。その後、生まれた子どもの頭には、蛇が二巻き巻きついていて、頭としっぽが後頭部に垂れ下がっていた。十歳あまりになった頃、朝廷に力の強い王がいると聞いて、力比べに行った。力持ちの王は小子にまったく敵わなかった。小子はその後、元興寺の童子となった。 ここからはちょいといいところなので原文を味わっていただく(本当は原文は漢文。以下のものはそれを書き下したもの)

小子、ちひさこ元興寺童子わらはる。時に其の寺の鐘堂の童子、夜別よごとに死ぬ。の童子見て,もろもろの僧に白して言さく,「我れ此の鬼を捉りて殺し,いましめて此の死の災を止めむ」と申す。衆の僧、聴許ゆるす。童子鐘堂の四つの角に四つの燈を置き,四人を儲けて言ひ教ふらく,「我れ鬼を捉る時に,みな燈の覆蓋おほひを開けよ」と。しかうして鐘堂の戸の本に居る。大鬼、半夜ばかりに来る。童子をのぞきて視て退く。鬼また後夜の時に来り入る。すなわち鬼の頭の髪を捉りてことに引く。鬼は外に引き,童子は内に引く。彼の儲けたる四人慌迷まどひておほひを開くこと得ず。童子四つの角ごとに鬼を引きて依り,燈の蓋を開く。晨朝じんでうの時に至り、鬼、すでに頭の髪を引き剥がれて逃ぐ。明日あくるひ、彼の鬼の血を尋ねて求め往き,其の寺の悪しき奴を埋み立てしちまたに至る。すなわち彼の悪しき奴の霊鬼なりと知る。彼の鬼の頭の髪は,今に元興寺に在りて財と為る。

その後にその童子は優婆塞となり、そのまま元興寺に住み続けた。その寺ためにに田を作り、水を引いたところ諸王たちが、自分たちの田に水を独占し、その田には水を入れることを邪魔した。その田が干上がった時、その優婆塞は10人以上でやっと持てるような鋤を作って、手にした。そしてその鋤を持って、杖にしながら田に出かけ、水路の諸王たちの田につながる水門の口をふさぎ、寺の田にも水が流れるようにした。諸王たちはその鋤を引き棄き、再び水は諸王達の田にだけ流れ入った。そこで今度は優婆塞は百余人でやっと動かせるような石で水門を塞ぎ、寺の田に水を引き入れた。王たちは優婆塞の力を恐れ、とうとうその石を動かさなかった。おかげで寺の田の水は渇れることなく収穫することが出来た。その功績を評価した寺のもろもろの僧は、優婆塞に得度出家を許し、道場法師と名付けた。後の世の人はこれを伝えて、「元興寺道場法師強き力多有り」と言った。

日本国現報善悪霊異記(普通は日本霊異記、単に霊異記とも)の第3話である。ぞくに元興寺の鬼と呼ばれてる一節であるが、この話のことを忘れていた。おそらく私が見つけた数体の鬼さんは・・・この説話の鬼をモチーフにしたのに相違はなかろうと思う。

こうやって写真を見ればいかにも可愛らしい鬼さんであるが、「時に其の寺の鐘堂の童子、夜別に死ぬ」という事実を生ぜしめた鬼さんだから、やはりおっかないことには変わりない・・・

広告を非表示にする