大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

続続 お彼岸はお寺参り

昨日・・・9月27日、お彼岸は終わったのだが、この日もお寺参りをした。寺の名は般若寺。コスモスの寺として奈良県内では知れ渡ってはいるが、このブログで紹介するのはおそらく初めてのことかと思う。

般若寺山門

ご覧の通りの立派な楼門がまず目に付くが、実はこの般若寺の門に入ろうとするとするときはここからは入らない。この門に向かって左の塀の切れ目のところに受付があり、そこで拝観料を支払って入るようになっている。そして寺内の全てを拝し終わって、この寺を後にする際にこの門をくぐるようになっている。楼門は民家の建ち並ぶ京街道に面して西を正面として建っている。現在、我々が目にするものはむろん創設当初のものではなく鎌倉時代のもの。従って部分的には、いわゆる大仏様の意匠を多用されているが、基本的には和様で作られている。

そして本堂、寛文7年(1667)のものである。

Hisilicon K3

般若寺は正史に創建事情や時期の記載がなく、正確なところは不明であるとするしかない。けれどもその境内からは奈良時代の瓦がも見つかっており、この地に奈良時代から寺院が存在していたことは確かであろうと思われている。寺の伝えによれば舒明天皇の元年(629)、高句麗の僧・慧灌が創建したものとされている。天平7年(735)には、聖武天皇が伽藍を建立し、十三重石塔を建てて天皇自身が、自らの筆で書いた大般若経を安置したともいう。(詳細はHP年表

南都の諸寺として、例に漏れることなくこの寺も平安末期に平重衡の南都焼き討ちにより伽藍は焼亡、礎石のみが残る廃墟となったため、現在私たちが見ることのできるこの寺の堂宇は鎌倉時代以降に再建されたものになる。

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本堂の周りにはご覧のように可愛らしい石仏がぐるりと並び、それらの石仏の前を

Hisilicon K3

コスモスやら曼珠沙華が色合いを添えている。どれもこれもがふっと微笑みたくなるような可愛らしい仏様ばかりである。こんな石仏に手を合わせながら本堂の周りを一回りすると・・・心はすっかりと和み、これから本堂の中にいらっしゃる文殊様にお会いするのにふさわしい心持になってしまう。

文殊様は知恵の仏様・・・衰えつつある脳をなんとか活性化させるためには、ここでしっかりとお願いしておかなければならない。

そして最後に・・・

Hisilicon K3

般若寺と言えばこの構図・・・とも言うべきアングルである。拝観していた他の多くの人々も、こんな構図になるようにみんな」腰をかがめて写真を撮っていた。高さ12.6mのこの塔は、上に述べたように聖武天皇の創建とも伝えられるが、今目にすることが出来るのは建長5年(1253)頃のもの。南宋からやってきた石工・伊行末により建立されたもの。日本の代表的な石塔の一つ。楼門を入ってからも正面、本堂から見ても南正面に位置し、この寺においての重要さの程が分かる。

この日は、昨日の記事ですでにお届けした通り仲秋の名月。例年ならば、まだまだ暑い盛りではあるはずなのだが、今年は違う。日差しにいささかの熱は感じられるとはしても、吹き抜ける風の爽やかさは・・・また、どこかのお寺でも訪ねようという気持ちにさせてくれる。