大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

十津川に行く

先週の末のことである。全国的に寒波に襲われ我が大和にもこのシーズン初の雪が降ったその日、私は大和の地にあって最も高い地点を抜ける峠道を車で南へと向かっていた。目的地は十津川とつかわ。日本最大の「村」(672.38 km²)である。もっともこれはいわゆる北方領土を我が国の国土と考えない・・・としたならばで、もしそれを我が国土と勘定するならば、それらの島々にある留別村紗那村留夜別村蘂取村に次いで日本で5番目に大きな面積を持つ村ということになる。聞けば・・・東京23区全体の面積(621.98km²)よりも大きいのだとか・・・

奈良県はその領域の5分の1ほどのみが盆地で、そのほかのすべてが山地となっている。十津川村はそのうちのかなりの面積を占めており、一般的に奈良の魅力はといえば、その歴史的な風土のみが注視されることが多いが、それだけじゃあないよということを示しているのがこの十津川のある南部山地(紀伊山地)なのである。

ではありながら・・・大和に住み続けている私は、一度もこの村に足を踏み入れることなく30数年を過ごしていた。あまりの遠さ(特に心理面において)のゆえである。例えば・・・この日、目的とした地は十津川村のほぼ中央に位置するが、そこまでの距離が、どちらかといえば大和盆地の南に偏った場所に位置する我が家からでも大方100㎞。しかもいくつもの峠、曲がりくねった道、対向することが困難な隘路を超えてゆかねばならない。所要時間は2時間半。京都から新幹線に乗れば東京についてしまうほどの時間がかかる・・・そんな場所に十津川はあるのだ。その距離は言語にまで及ぶ。下の図は日本語のアクセント分布を示したものであるが、ほとんどがオレンジ色で占められている紀伊半島にあって、十津川を含む奥吉野だけが、 Japanese pitch accent map-ja

ご覧の通り青い色に・・・

この事実をきわめて単純に、七面倒くさい委細をすべて省いて申し述べれば、畿内にあって、十津川の地は関東と同じだけの「距離感」を持っていた地域であったことを示す。動詞の活用などにおいても古い形のものがこの地域の古老には残されている・・・なんて話を大学の時に聞いたことがある(ということはその古老のほとんどは・・・もういない。)。

この度、こうやって足を踏み入れることになったのは仕事の関係で・・・いわゆる出張・・・あり、ゆっくりとその魅力を味わうためではなかったが、やはり初めての地には何とも言えぬ魅力がある。ということで幾分楽しみにしていた出張ではあったが・・・その日は皆さんご存知のような天候・・・朝出かける前から、その道行が少々心配になって来た。

家を出たのが7時ちょいと前。最もオーソドックスな道をたどれば、桜井からは車を西に走らせ国道24号線(あるいはそれを突き抜け大和盆地西端を南北に抜ける山麓線・・・県道30号線)を南下し、盆地最南端の町五條市から国道168号線をさらに南に向かい山地に分け入ってゆくコースとなる・・・が、この日はグーグルマップの示してくれた最短の道をたどることにした。

そのコースとは・・・まず、我が家からは車を南に走らせ明日香村・高取町を抜ける。その先にあるのは芦原峠。越えた先は大淀町である。さらに下市町に入ると吉野川に突き当たる。左に曲がれば吉野町・川上町を通り、果ては三重県熊野市へと抜けることになるが、ここは右に曲がらねばならない。ほどなく左に折れて川を渡り、西吉野村(今は五條市に編入されている)を抜け、これまた今は五條市に編入されている大塔村の手前で168号線に合流する・・・というのが、今日のコースである。

そして・・・この西吉野村を抜ける道が最初の難関・・・というほどでもないが、かなりの標高の道を通ることになる。案の定、それまで降っていた雨に、何やら白いものが混じり始めてきた。そして・・・その白いものはだんだんとその密度を上げ、視界が少々悪くなってきた。これから先に最大の難所天辻峠がある。無事にこの峠が越えられるのか・・・そんな思いが脳裏をよぎった。しかしながら、仕事は仕事(嗚呼、なんと職務に誠実な三友亭主人であることか・・・)。とにかく行けるところまではいってみようと思い、168号線との合流点へと急いだ。

168号線からは件の峠道。次第にその斜度は増してくる。雪はさらに密度を増し、ちょいと両脇の山々に目をやれば白くお化粧を始めている。道はまだ湿ったまま。ところどころにある寒暖計は高度を上げるにしたがって、「2度」・・・「1度」・・・そして、とうとう「0度」。溶けた雪に湿った道が凍結を始めてもおかしくはない気温になっている。しかも道はつづれ織り・・・右に左にとハンドルを切らねばならぬ・・・

・・・が、何とか道は凍ることなく、私は峠の最高部を抜けた。しかしながら、ここからも注意は必要。下りはブレーキを踏む位階も多くなる・・・と自分を戒めてさらに南へと進む。

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天候の加減・私の腕前の加減で、携帯電話付属のカメラではこれが限界であるが、これがその時の様子である。もっとも、ちょいと車を止めて写真でも撮ろうという気分になったのはだいぶ下ってきて、標高が550~556mになったあたりである。降る雪と向こうの山々がやや白くなっているのがお見えだろうか・・・

そしてまたしばらく車を走らせる。見えてきたものは・・・奈良県民とって十津川と聞けばまず第一に想起する谷瀬のつり橋である。写真では

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ごらんのようにうっすらとしか(・・・いや、うっすらともみえなか?よおく目を凝らしてみれば見えてくる。)見えないが、写真の下から3分の1程のところに谷の向こうからこちらに向けて、うっすらとした細い線のようなものが見えるのがそれだ。降りしきる雪のために霞んでいるためか、私の腕がへぼ過ぎるためかこのようにしか映らないが、そんな雪の中でも合羽を着た観光客が数人渡っている姿が見えた。

つい数年前までは日本一の長さを誇る奈良県の自慢ではあった・・・(2006年10月、九重“夢”大吊橋に抜かれてしまった)子のつり橋の高さと言ったら・・・高いところが嫌いな私に言わせれば目が回るような高さで、いくら気候の良い日でもこんな橋は渡ってやるもんかと心に決めているのだが、ましてやこんなつるつるした足元の日には近づきたくもないので、離れた場所から写真を撮るにとどめておいてやった。

それにしても雪は降りやまない・・・このままでは今越えたばかりの天辻峠が閉鎖される恐れがある。もしそんなことになったら、このまま今日の目的地に着いて職務を無事に果たした後にどうしよう?・・・せっかく温泉で有名な十津川郷に行くのだからそのまま一泊でもして・・・いや、なんとしても今日中に帰り着かねば、そのためにはいったん新宮まで出て、そこから和歌山回りで・・・なんてことを考えながら、何とか目的地に着いたのが家を出て2時間と30分。悪天候の中ながら予定通りの時間にたどり着くことができた。

めでたし・・・めでたし・・・

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