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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

帰郷の記・・・釣石神社

旅のこと 考えたこと

突然ではあるがこの三連休を利用して宮城に帰ってきた。2年半ぶりの帰郷である。これから数回にわたってそのレポートをお届けしようと思うが、まあ帰郷ともなれば、親兄弟に会うとか親戚に会うとか墓参りをするとか・・・皆さんにはつまらない事柄(むろん私にとっては大切な事柄)も多くなる。出発から帰宅までを時の流れにしたがって記述して行けば、そのような点がどうしても入り込んでくる。したがって今回は時系列にのっとって旅程をお示しするようなレポートは行わなわず、立ち寄ったいくつかの場所中で皆さんのご興味を惹くようなスポットのみをご紹介するにとどめておきたいと思う。

まずは釣石神社・・・

早朝に家を出て私は午前中に墓参りをすませた。そしてその午後から訪れたのがこの神社である。その名の由来は下の写真を見れば一目瞭然。

[caption id="attachment_7350" align="alignnone" width="300"]IMGP5161 男石と女石[/caption]

上にせり出した男岩は周囲14m、下にでんと鎮まっている女岩は8m×4mという途方もないサイズの巨岩である。いずれもこの神社のご神体であるが、ことに上の男岩は、あたかもしめ縄で釣りあげられたようになっていて、今にも落ちそうに見えることにより、この神社の名の名の由来となっている。場所は石巻市北上町十三浜追波おっぱ北上川(追波川)の追波湾に流れ入るほとりの小山にある。祭神天児屋根命あめのこやねのみこと。例の「天岩戸説話」において、岩窟の中に隠れてしまった天照大神を外に引きずり出すためのプロジェクトの総指揮を司った神様で、その業績から「知恵の神」「学業の神」として信仰を集めている。

[caption id="attachment_7351" align="alignnone" width="300"]IMGP5166 男岩[/caption]

またご覧のようにこの男岩、崖の中腹に今にも落ちそうな様態で突き出ているのであるが、これがなかなか落ちない。場所柄、これまで幾度もの大地震に遭遇してきているはずである。私が生まれてからでも宮城県沖地震(私が高校3年の時)、2005年の8・16宮城地震、そして極めつけは2011年3・11の大地震があり、その間にもいくつか大きな地震があった。

なのに・・・落ちないのである。ことに1978年の宮城県沖地震以降、「落ちそうで落ちない受験の神様」として有名になり、先年の震災の際はその周辺の集落全てが波に押し流されたが、この巨岩は震度6強の激烈な揺れの中でもびくともせず、今もなお受験生の願いを聞き続けている。また「落ちそうで落ちない」その様は景気を下支えしてくれる神様と諸企業から、さらには「釣」の一字から多くの漁業関係者からの信仰を集めている。境内からは日本の音風景100選の北上川河口のヨシ原が見渡せることから毎年12月中旬には「ヨシ門松」と、「葦の輪」が飾られる。

[caption id="attachment_7352" align="alignnone" width="300"]IMGP5163 葦の輪[/caption]

東日本大震災で、10m前後の津波北上川を遡上し、この神社もご覧の位置まで、昏い波濤に襲われた。近隣では多くの人命が失われ、一帯も沼地のようになってしまったという。境内は以前、杉の木立が立ち並んでいたというが、その際の塩害でその全てが立ち枯れ、境内及びその周辺は今、写真のように荒涼とした風景となっている。

[caption id="attachment_7353" align="alignnone" width="300"]IMGP5168 津波到達点より[/caption]

この写真は、あの日、昏い波濤が到達した場所からとったものである。震災の前のこの神社を私は知らない。したがって、その周辺がどのような場所で会ったかも知る術はない。けれどもそこには・・・この写真に写っている範囲には確かに数百年と続いてきた生活があったはずだ。海とともに生きてきた人々の営みが・・・あの日さえなければ、今もなお続いていたに違いない。それが今は・・・生活の臭い一つ感じられないして空間のみがそこに広がっている(これは我が郷里、東松島市野蒜も同じである)。そこに暮らし、あの日辛くも生き延びた人々は今どこでどう暮らしているのか・・・どうしても、考えずにはいられない。好悪の感情はともかくも、同じ共同体で苦楽をともにしてきた人々は今ちりぢりにそれぞれの場所にある。

そして・・・かつてこの地に、ここの神を祀り、海とともに暮らして来た人々の集落があった・・・そんな証明として、釣石神社はここにあるのである。