大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

「花巴」の里へ・・・中

「花巴」という酒の名は、これまで何度かきいたことがあったが試したことはなかった。それどころか酒屋の店先でそのラベルを見ることすら、おそらくはなかった。それは、限られた酒屋、限られた酒場にしか卸してはいない・・・というこの蔵の姿勢によるものなのだが、この蔵に入ってみてその理由はおおかた窺い知ることができた。蔵自体、それほど大きな蔵ではないので大量に生産し販売することが出来ないのだ。そして以下に示すこの蔵の酒造りにかけたこだわりは、その生産量が奈良県内の酒屋にすら、この蔵の製品が行き届かないという事情をさらに雄弁に物語っていた。

・・・ひょっとしたら、自分たちの酒造りに対する思いを理解してくれる・・・そんな酒屋や酒場にしか、自分たちの愛子まなごを慈しむようにして造った酒をまかせはしないのだという方針なのかもしれない。

だとすれば、そんな酒屋や酒場が数多くあるわけはない。とすれば、今ある蔵の規模が最適なのかもしれない。蔵が小さいことは、それだけその製品に生産者目が行き届きやすいという利点をも生む。

さて前置きはここまでにして、早速蔵見学を始めよう。

まずは事務室(?)の方にいらっしゃる社長さんにご挨拶。今日は社長さんが直々にご案内下さる予定だ。

蔵に入るとまず目に入ったのは酒米の入った30kgの袋の山。酒米は「吟のさと」。地元農家と連携し、奈良県内では初めて作付けが為された酒米である。酒米山田錦・雄町・五百万石など)は、背丈が高く、倒れやすい性格を持っているため栽培が難しい。そういった酒米の欠点を改良し、例えば山田錦よりも25cm背が低く、主食用米同様に栽培しやすく改良したのが「吟のさと」である。さらに、酒米は基本的に高精米を前提としているため、通常の主食米より粒が大きくなくてはならないが、それも申し分ないのだという。精米は通常の主食米であれば90パーセント強(つまり100gの玄米が90gになっちゃう)であるが、酒米の場合、あまり品質の高くない普通酒用の精米であっても75パーセントまで削る(大吟醸なんかは50パーセント以下)。だから、粒の小さい米だと精米の段階では砕けてしまうのだ。また酒米は蒸した状態の時、外剛内柔、表面がツルツルしていることが大切である。いい酒にするために必要な部分が米の内側にあるデンプンの方で、外側よりも内側が先に溶け出してくるようにしたいからである。だから、酒米を食べれば、パサパサしていてとても食えたものではないが、逆に言えば、軟らかく食べて旨い米は酒造りには向かないといえよう。

この「花巴」では県内農家の方に頼んで「吟のさと」を作ってもらっているが、今年からの試みとして、仕込む際に作った地域、田圃ごとに分けて使用し、その性質によって生じる製品の品質の差(優劣と言うよりも個性といった方が適切か)を試してみたいということだった。同じ種類の米と入っても、田や水が違えば含んでいる成分の構成は当然異なってくる。ということは、出来上がる製品も違う個性を示すのは自明であるからだ。

ここにある袋の「吟のさと」を精米し、精米の際に生じた摩擦熱がすっかりと冷めた状態までおいておくことを「枯らし」という。場合によってはこの「枯らし」に3~4週間もかかることがあるのだそうだ。奥ではおばちゃん達が精米の済んだ「吟のさと」を10 kgずつ小分けにして袋に入れていた。「枯らし」が済んだものか、その前のものかはわからない。

[caption id="attachment_7611" align="alignnone" width="300"]IMG_20160227_133759 洗米場[/caption]

「枯らし」が済めば次の作業は「洗米」である。上の写真の中央に見えるステンレス製の機材が洗米機である。上に述べたように10 kgずつに分けられた「吟のさと」はここで、精米の過程で表面に付いた糠・米くずを徹底的に除去される。そして「浸漬しんせき」。洗米された米に水分を吸わせる作業である。どれだけ水を吸わせるかによって、酒の味は大いに異なってくる。米の品種や、目指す酒質によって、水につけておく時間も数分から数時間と異なっているが、その違いが味の良否を大きく左右するため、とくに高級酒の場合はストップウォッチを使って秒単位までその時間を管理しているのだそうだ。

[caption id="attachment_7612" align="alignnone" width="300"]IMG_20160227_133958 蒸し窯[/caption]

続いて「蒸し」の作業。蒸気を米にあてて蒸し米をつくる過程である。蒸し米は、麹、酒母、醪を作る各工程で用いられるが、「浸漬」が済んだ「吟のさと」は一定の時間をおいて、ここで蒸し米となる。普通酒などでは自動蒸米機を用いて大量に一気に蒸し上げてしまうが、高品質を目指す場合には写真のような和釜に載せた甑(こしき)によって蒸し上げられる。蔵の内部を見渡すに、自動蒸米機らしき機材は見当たらないから。この蔵では全ての製品において高品質を目指している・・・ということなのだろう。

[caption id="attachment_7613" align="alignnone" width="300"]IMG_20160227_134155 麹室[/caption]

次は「麹造り」。正式には製麹せいきくという。蒸した米に麹菌の胞子をふりかけて育てる作業で、たいてい酒蔵には麹室こうじむろと呼ばれる特別の部屋があって、そこで麹造りが行われている。室内は30℃強に保たれており、中に入ると汗ばむほど暑い。無論麹菌の培養のために必要な温度であるからだ。通常、麹室には関係者以外は入れない。雑菌の侵入などを恐れるためだ。だから、今回こうやって中に入れてもらえたのは希有の体験であるといって良い。

麹室は上記の性質を保つために密閉性が高くなくてはならず、加えて断熱性も高くならなくてはならない。室の中に入る際に気がついたのだが、その入り口には分厚い木の板で作られた扉が2枚設けられていた。さらにはそこから見えたこの部屋の壁の厚さは60 cmほど。なんでも二重の壁になっていて、その間に断熱材として籾殻がぎっしりと詰まっているのだそうな・・・

かなりの資本をかけて丁寧に造られているらしいのがよくわかり、「麹室は酒蔵の財産」と言われるもゆえ無しとしないことが素直に頷けた。

さて写真中央に布にくるまれた饅頭状のものが目に入ると思うが、これは麹菌を植え付けた後の蒸し米。社長さんがわざわざ、その布をほどき、中の蒸し米を手渡してくれたが、まさに「外剛内柔」。パサパサとして堅くとても食べられたものではない。

社長さんの説明によれば、この蒸し米は朝早くに麹を振りかけ混ぜ合わせ(「種切り」)たもの。あと少しすれば(最初の作業から8~9時間)、いったん饅頭上に集めた蒸し米を広げ、麹菌の繁殖により生じた熱を放散させて、再び饅頭状にまとめ布にくるみ直す(「切り返し」)のだという。

翌日になると麹菌の活動はいよいよ盛んになり、米の温度も上昇が激しくなる。そこで大きな饅頭を解き、小さな箱に米を少量ずつ小分けにしていき、この箱を決められたスペースに積み重ねて温度の管理をする(「盛り」)。箱の上下を入れ替えたり、箱の下に空間を作ったりして、発生する温度の上昇を防ぐのである。写真右奥に見えるのがそれである。非吟醸系の酒の場合、麹蓋は使われないことも多いが、この蔵では全ての製品にこの手法を用いている。麹を植え付けてから50時間ほど経過した頃になると、蒸し米が香ばしい匂いを放つようになる。これが麹ができたサインとなり、麹室から麹を出す(「出麹でこうじ」)。

ところで、蒸し米に生じる麹菌の状態は実は一様ではない。それを見極めるのが、米のところどころに生じる破精はぜである。麹菌が蒸し米の中へ菌糸を伸ばしていくことを破精込はぜこみというが、その態様によって

突破精つきはぜ

菌糸は蒸米の表面全体を覆うことなく、破精の部分とそうでない部分がはっきり分かれており、なおかつ菌糸は蒸米の内部奥深くへしっかり喰いこみ伸びている状態。強い糖化力と、適度なタンパク質分解力を持つ理想的な麹となり、淡麗で上品な酒質に仕上がる。

総破精そうはぜ

菌糸が蒸米の表面全体を覆い、内部にも深く菌糸が喰いこんでいる状態。糖化力、タンパク質分解力ともに強いが、使用する量によっては味の多い酒になりやすい。濃醇でどっしりした酒質に仕上がる。

り破精

菌糸は蒸米の表面全体を覆っているが、内部には菌糸が深く喰いこんでいない状態。糖化力、タンパク質分解力ともに弱く、粕歩合が高く、力のない酒になりやすい。

馬鹿破精ばかはぜ

蒸しの段階で手加減を間違えたため、蒸米が柔らかすぎて、表面にも内部にも菌糸が喰いこみすぎ、グチャグチャになった状態。こうなると雑菌に汚染されている危険もある。酒造りには通常使えない。

と分類されている。

無論、後の2つは、どの酒蔵でも臨むところのものではないが、前の2つはその蔵の目指す酒質によってどちらが好ましいかは異なってくる。そして・・・「花巴」が目指すのは「味」(これは後で行われた「利き酒」ではっきりと了承できた)。したがって、総破精を作ることがここでは求められている。

ところで・・・麹室の見学という希有な体験をしたあと、ふと奇妙なことに気がついた。麹室が2階にあるのだ。しかも2階までは昔ながらの急な階段で上らなければならない。「蒸し」の過程までが1階、「麹作り」が2階、そして以降の過程が再び1階で行われるということだ。作業のしやすさを考えれば、全ての行程が同じ階で行われるべきであるが、なぜこんな事になったのか・・・

聞けば・・・それは56年前に遡る理由があるとのこと。前回示したこの蔵の遠景でも分かるとおり、蔵は吉野川の辺に建っているが、伊勢湾台風の折、その吉野川の増水により蔵は濁流に現れることになった。ことごとくがながし尽くされ、蔵は壊滅に近い状態になった。今あるこの蔵はそんな状態から立ち直ったわけであるが、その際に麹室は2階に移されたというのだ。「麹室は酒蔵の財産」であるから、再び吉野川がこの蔵を濁流で洗うことになっても、せめてその「財産」だけは守り抜こうとの考えだからだそうである。蔵の心臓部である麹室を大切に思うがゆえに、少々の作業場の困難を犠牲にしたのである。