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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

「花巴」の里・・・下

大和のこと 飲食のこと

麹室こうじむろでの作業が済めば、今度は「酒母造り」である。杜氏さんや蔵の人々は「もと立て」というらしい。まずは麹室で麹菌の働きにより糖化の進んだ蒸し米・・・麹を水に加える。この状態のものを水麹という。この際、麹を入れる仕込み水は、当然のことながら酒造に適した上質な水が求められる。そして・・・この「花巴」の製造に使われている水は・・・「弓絃葉ゆずりは御井みい」と伝えられる井戸からくみ上げられたもの・・・

・・・なんて書くと、玉村の源さんなんかは「あの・・・?」なんてお思いになるかもしれない。そうである。万葉集

いにしへに 恋ふる鳥かも ゆずるはの御井の上より鳴き渡り行く

弓削皇子万葉集巻二/万111

と詠まれた、あの「ゆずるはの御井」である。大峰山系の伏流水とされる甘く柔らかな軟水は、万葉の昔より枯れることなく今もなお湧き出しているのだ。むろん諸説あり、断定することは避けなければならないが、そう思ってこの酒を飲んだ方が、額田王ものどを潤した泉の水で作った酒を飲んでいる・・・そんな気になれて酒の味も増すような気がする。

さて、水麹が出来上がったら、今度はそこに蒸しあげたばかりの酒米を入れ、酵母を加える。酵母は多くの場合、日本醸造協会で頒布している酵母菌(協会系酵母)を用いるが、それぞれの蔵に古くから住みついた酵母(蔵つき酵母)を用いている蔵も少なからずある。当然のことながら、前者のほうが均一的な品質を保証するが、より強くその蔵の個性を作り出すのは後者である。この日、社長さんから聞いた説明によれば「花巴」の場合は後者であるのだという。

酒母造りの場所は、酒母室もしくは酛場もとばと呼ばれている。雑菌が入り込まないように室温は低温に保たれなければならない。だから空調システムが発達していなかった頃は、酒造りといえば冬季の作業と決められていたのだ。ただし、麹室ほどの厳重な管理は必要とされない。酒母造りの際には、タンクには軽くふたを置く程度で、しかもその蓋はしばしば開け放しの状態になるから、空気中からタンク内にたくさんの雑菌や野生酵母が容易に入り込んでくる。そのため乳酸菌によって乳酸を生成させることによって雑菌を殺すことが必要となってくるが、この乳酸をどのように生成させるかによって、酒母造りは大きく生酛きもと系と速醸系の2つに分類される。

生酛系とは、空気中の乳酸菌を取り込んで乳酸菌を生成する方法であるが、この生酛系は、さらに大きく生酛と山廃やまはい酛に分けられている。生酛とは、現在でも用いられる中で最も古くから続く製法で、乳酸菌を空気中から取り込んで乳酸を作らせ、雑菌を駆逐する手法であるが、酒母になるまでの所要期間は約1か月。工程も

水麹造り ー 山卸(米と麹と水を、櫂でどろどろになるまで混ぜる作業) ー 温度管理 ー 酵母添加 ー 温度管理 ー酒母完成

と多く手間が掛かるのと腐造や酸敗のリスクが大きいため、多くの蔵では敬遠される傾向にある。

そこで考え出されたのが、山廃酛である。生酛系に属する仕込み方の一つであるが、生酛造りの工程で最も手間のかかる工程の山卸を行わないものである(もちろんそれだけではなく、他に多くの工程の違いはあるらしいが、大雑把に言えばこういうことになるらしい)。山卸を廃止したから山廃というらしい。山卸は麹をどろどろの状態にするために櫂で混ぜることをいうが、山廃では、それを乳酸菌の力にゆだねるのだ。

そして今日多くの蔵で採用されているのが速醸系である。速醸系では乳酸(「乳酸菌」ではない)を人工的にあらかじめ加えられる。多くの蔵がこれを採用するのは所要期間は約2週間と短く、造や酸敗のリスクが少ないためである。

ここからは私の主観によるのだが、生酛系の酒は米の味がよく引き出された、どっしりとした飲みごたえのある酒が多く、速醸系はどちらかといえばあっさりとした味わいの酒が多いように思える。飲みやすさの点から言えば後者ということになろうが、酒好きのものにとってはやや頼りなく感じられるような気がすることが多いのではないか・・・そんな気がする。

私の場合・・・どっちが好みかというと・・・どっちだっていい。ようは、機嫌よくのめればそれでいいのである。ただし、生酛系はどちらかといえばその蔵の個性ははっきり出てくるように思われる。だから飲んでみて「丁寧な造りだなあ。」とは思いながらどうも好きになれない・・・なんて感じるのも生酛系の酒が多いような気がする。。

[caption id="attachment_7614" align="alignnone" width="300"]IMG_20160227_135820 酛樽[/caption]

さて酒母が出来れば次は「仕込み」である(もろみ造りともいう)。出来上がった酒母にさらに3回に分けて麹と蒸米と水を加える工程である。醪とは酒母、麹、蒸米が一体化した、白く濁って泡立ちのある粘度の高い液体のこと。この工程においては、麹の力によって米のデンプンが糖に変わり、同時にその糖を酵母は分解しアルコールを生成する。糖化とアルコール発酵が同時並行的に進行する、他の酒には例を見ない清酒独特の生成過程である。

さて、上に3回に分けて蒸米と麹と水を加えると書いたが、これがいわゆる「三段仕込み」である。すべてを一度に混合すると、酒母の酸度や酵母密度が下がり雑菌の繁殖の可能性が高まるからである。この方法により酵母が活性を失わずに発酵を進めるため、醪造りの最後にはアルコール度数20度を超えるアルコールが生成される。このアルコール度数20度という数値は、醸造酒としては他に類を見ない数値であって、「三段仕込み」という手法によって初めて可能とされる数値であるらしい。

ちなみに街角の酒屋の棚を見ると時には「四段仕込み」「五段仕込み」(中には「十段仕込み」なんてのもある)なんて書いたお酒を目にすることもある。これは・・・通常、「初添」「仲添」「留添」という3段階の工程に、「添え」の過程を1回乃至2回(もっと多い時もある)増やしたものである。

もちろん、この「仕込み」の行われている幾本もの巨大な「樽(タンク?)」も拝見させていただいた。そして・・・完成に近づいている「樽」の上部の蓋を開けていただきその香を試すことができた。

この蔵に入って以来、その強弱はあれ、あまり好ましいとは言えぬ発酵臭を常に感じていた(特に酒母室のそれはことさら強烈。そうそう、これは先日報告したニッカの醸造棟にも似たような香りがしていたなあ)のだが、この場所は違う。いよいよ「製品」に近づいているのだなと感じさせる好ましい香りだけが漂っている。とくにその香を試させていただいたタンクの製品は、なんでも鑑評会向けに作っているものであるということで、その・・・いわゆる吟醸香は、「人をして陶然とさせる」というお決まりの言い回ししか許さぬような素晴らしいものであった(ただしこの蔵の求める酒室は香り控えめで味の豊かなものだということで、私たちが試したタンクはあくまでも鑑評会向けのもの)。

醪が完成すれば、次は上槽じょうそうである。いわゆる搾りの過程である。杜氏の判断で「熟成した」と判断された醪を搾って、白米・米麹などの固形分と、生酒となる液体分とに分離させる工程である。

[caption id="attachment_7623" align="alignnone" width="300"]IMG_20160227_141846 醪自動圧搾器[/caption]

上槽には様々な方法が使われているが、この蔵で用いているのはこの醪自動圧搾機を使ってのもの。他には遠心分離機などを使う蔵もある。さらには昔ながらの槽搾ふねしぼり・ヤブタ搾り・袋吊りなどの方法もある。

上槽された後のものは俗に槽口と呼ばれているが、この後おり引きとという工程を経て「生酒なましゅ」という(よく言われている「生酒なまざけ」とは別の概念らしいが、その違いは私にはよくわからない)。生酒なましゅはさらに濾過の工程により、さらにまだ残っている細かい滓や雑味を取り除くことで、活性炭を用いた濾過が主流であるが、他にも珪藻土濾過・フィルター濾過などの手法もある、複数の手法を並行して行う場合もある。

さて、上槽されたばかりの生酒は、まだ中に酵母が生きて活動している状態にあり、麹により生成された酵素もその活性を保っている。ゆえに酒質が変化しやすく、乳酸菌の一種である火落菌も混入している可能性がある。これらのすべてを死滅させなければ酒質が変化したり、白濁してしまう(火落ち)可能性がある。そこで、生酒に加熱し、これらの菌を死滅させる工程が「火入れ」と呼ばれる工程である。65度前後の過熱を23秒行えば、すべての菌を殺すことができるということが知られているが、これが温度が高すぎたり、時間が長すぎたりするとアルコール分や香気が飛んでしまうため、これまた気を使う作業であることは言うまでもない。なお、 吟醸酒などは香りが飛ばないように瓶詰めしてから火入れすることもあるが、この蔵においてはすべての製品をこの手法にて火入れを行っている。

・・・と、あてにもならぬ私の講釈(当然皆様は眉に唾を塗りつつここまでお付き合いしていただいたとは思うが)はここまでにして・・・いよいよ試飲である。

[caption id="attachment_7625" align="alignnone" width="300"]IMG_20160227_143115 花巴 7種[/caption]

左から順に本醸造・純米(平仮名で書かれているから速醸)・純米四段仕込み・純米吟醸うす濁り・純米吟醸・純米水酛(製造工程で生米を使用)とここまでが今年出来たばかりの生酒。一番右は純米の1年物。

社長のお話によれば味のほうは右に行くにつれて次第に濃厚な味わいになってゆく・・・ということだから、左から順に試してゆく(ただし、これから試そうかというときに、社長が「ちょいと間違った・・・」と言って、本醸造と、速醸純米を入れ替えた)。

ここから先は、この時のそれぞれの印象をつぶさに皆様にお伝えするのが本筋というものだが、人がうまいものを味わったことを聞かされても、聞いている人間はそんなにおいしいなら俺にも飲ませてみろよ・・・と思うのが世の常というもの。けれども、それは私の懐の都合が許さない。

くわえて、それを皆様に納得いただくだけの筆力は私にはない(ここに乙山先生がいらっしゃれば・・・)まあ、本醸造が他の蔵の純米に相当するほどのしっかりとした酒質であったことだけをお伝えしておこうか・・・いずれにせよ、そのどれもがまことに個性的でよそでは決して味わうことのできない・・・そんな酒ばかりであった。

共に食すべきは・・・海のものよりは山のもの・・・というべきか・・・

社長さんは、何もなくても飲める酒が理想であるとのこと。

この時は何もなしでこの7本を試していたわけであるから、その理想はある程度以上達成されていた・・・・というべきか・・・・。

そんなに長い時間の利き酒ではなかったが、我々が口にした酒の量は「試す」という言葉の範疇ははるかに超えていた・・・・