大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

山辺の道・・・玄賓庵

狭井川のあるかなきかのせせらぎに耳を済ませた後は、玄賓庵に向かうことにする。細い道は続く。あるいは樹下の小道、あるいは叢中のそれを・・・10分、あるいは15分ぐらいであろうか。林間の道を進んでいると、わずかばかり開けた場所にでる。その先に見えてくるのが玄賓庵である。

遠景

「玄賓庵」はもうすぐそこ。白い塀沿いの道に突き当たる。石畳の落ち着いた道だ。

白塀

緩やかな登りの傾斜がなぜか心地よく感じられるのはなぜだろうか・・・秋間近のこの道に吹き抜ける風は、幾分涼しさを感じさせはするが、まだまだ流れ落ちる汗をひかせるほども涼しくはない。汗をぬぐいながらほんの30m・・・ささやかな山門にたどり着く。

山門

ほんとうにささやかな山門だ。けれどもそこに漂う清らかな気はこの門をくぐる衆生の精神を自ずから正さしむるように思えてならない。

そして、やや緊張した思いで山門をくぐる。中にはいるとすぐに我々を待ちかまえているのは、そう広くはないが、与えられた空間を見事なまでに生かし切った見事な石庭だ。

石庭

このささやかな庵に至るまでの、上り下りのある道を歩いてきた参拝者の心を自ずと平静へと導く。御仏の前に出なければならないのだ。乱れた心のままで行くわけにはいかぬ。

更に奥へと進む。境内の案内もない故よく分からないが、これがおそらく本堂。帳は固く閉ざされ、その内側にどのような御仏がおわすのか分からない。

本堂

ただ、その前庭にはこんなものが。

不動

護摩台と怖い顔をしたお不動さんが鎮座している。この寺は、今、真言宗の寺院となっているのだが、その真言宗の教主「大日如来」の使者がこの不動明王だ。

このささやかな庵は桓武嵯峨天皇に厚い信任を得たが、名声を嫌い、この三輪山の麓に隠棲したという玄賓僧都がお開きになった庵だという。世阿弥の作と伝える謡曲三輪」の舞台として知られる。かつては山岳仏教の寺として三輪山の檜原谷にあったが、明治初期の神仏分離により現在地に移されたものだと聞いている。

よって建物自体はそう古いものではない・・・・けれども、地の利というものであろうか・・・この場所に漂う清浄は、この山辺の道を往来する旅人の疲れた心を癒して止まない・・・