大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

行ってみたいところ・・・瓜破の滝

何時の頃からだろうか・・・水辺の光景に惹かれてならない。海ではない…川だ。流れゆく水だ。もちろん、そこにある水は限りなく清浄でなければならない。

子どもが生まれ、ある程度成長したころ、大和の国内のあちらこちらに連れて回った。夏になれば、当然・・・涼を求めて水辺にその遊び場を求めることが多くなった。幸い我が大和の地にはちょいとその南部の山岳地帯に入れば、清らかな水の渓流がいくつもあり、その冷たい流れに足をひたしていれば充分にその目的を果たすことができた。

が、その頃はそんなにも流れる水に惹かれていたわけではない。

・・・そう・・・あの時だ。

子どもが・・確か小学校の中学年の頃だったと思う。家族を引き連れての旅行で安曇野の地を訪れた。

川の流れの豊かさ、そしてその清らかさに私はあっという間に引き込まれてしまった。

それは名のあるような川ではない。コンクリートで固められた側溝のような(本当に側溝だったのかもしれない)流れにだ。深さ1mほどにコンクリートで固められた側溝を、水は轟々と音を立てて流れていた。雨上がりでもなんでもない。数日は晴天が続いていた頃だった。そしてなによりもそこに流れゆく水の清らかさ・・・こんな場所にこんな水が・・・

手にすくえば心地よく喉を潤してくれそうなほど冷たく澄明な水が勢いよく私の目の前を流れすぎていた。

それからだ・・・妙に・・・川に惹かれてならない。

そしてそんな私が今、惹かれてならない場所が「瓜破の滝」である。福井県三方上中郡若狭にある湧水から生ずる滝で1985年に名水百選に選ばれたほどの清らかな流れだ。水温は、極めて低く、その冷たさのあまりに、冷やすためにつけておいた瓜が割れてしまったという逸話がその名のいわれであるという。

天徳寺門前に岩窟より湧出する清泉あり。此所を水の森といふ。夏の日には其の冷なること氷のごとく、水中の小石を十拾い取るものなし。瓜ひやし置かはおのつから破る

とは小浜藩の地誌、「拾椎雑話」の言葉である。

京都から若狭へと抜ける、いわゆる鯖街道沿い・・・そう近江から見ればひと山越したあたりに天徳寺という開山1300年の歴史を誇る名刹がある。その域内に、この滝はある。

滝というと、たとえば華厳の滝那智の滝のように天空はるかより轟音をあげて流れ落ちうる水流を想起するが、「滝」という言葉の語源を考えたとき、そこまで窮屈に考える必要はない。「タキ」とは「激(タギ)ちながるる水流」のこと。激流を意味する言葉であって、そこに垂直方向の落下は必ずしも必要はない。

そしてこの「瓜破の滝」は、その後者にあたる。実際に行ってみたことがないのだから(だからこそこうやって書いているのだが・・・・)、確かなことは言えないが、この瓜破の滝は、その後者に相当するだろう。もちろんいくばくかの高低差はそこにはあるのだろうが・・・

行って、見てみたい。ここ数年そんな思いにとらわれてならない。私の住んでいる場所からは車を飛ばせば・・・そう、5時間ぐらい。そのぐらいだったならば「行けよ・・・」って話だが、この距離は出不精の私にはちょいと覚悟がいる距離だ。

が・・・、この夏、家族旅行で近江を旅することになった。宿をとる場所は大津。そしてこの名水は大津からは2時間。そう苦にはならない距離だ。私の心は少し動かないではなかった。

が、以前も書いた通り、当日琵琶湖周辺の道は混雑の極み。本来の目的にも辿りつけずじまい・・・

・・・また今度・・・

・・・と思わざるを得なかった・・・