大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

帰郷・・・2

9月4日、大阪伊丹発のJAL仙台便は、台風による雨が激しく降りしきる中、鋭いジェットの音とともに離陸した。1時間と少しで私は宮城の地に降り立つ。途中、機体は激しく揺れ続けた。その頃、日本海に抜けたばかりの台風12号に向かっての強い気流のせいだ。ほんのわずかの時間だけシートベルト着用のサインは消えたが、それはほんの数分こと。頭上のこのサインは、フライト中のほとんどの時間灯り続けた。

あまりの揺れに備え付けの雑誌に目を通す気にもなれない。ボンバルディアのあまり大きくない機体の揺れは、手元の雑誌の文字に目をやること拒み続けていた。仕方なしに窓の外に目をやる。これもまたほんのわずかな時間を除けば、私の地上への視界は台風による分厚い雲によって遮り続けられた。

ただ・・・本当に当たり前のことではあるが・・・とある事実に私の心がわずかに慰められた。地上から見れば、分厚くどす暗くさえ見えたこの日の雲ではあったが、いざその上空に出てみれば青空の下、陽光にさらされて純白に輝いていた。その美しさには目を見張るものがあった。理屈ではそうあることは余りに当然の事柄ではあるが、私のように滅多に飛行機に乗る機会のない人間にとって、こういった発見は新鮮な驚きであり、そしてそれはこれから余りうれしくもないものを見に行こうとしている私には一種の救いのように思えたのである。

今、自分のいる地点から見れば、どこまで続くか分からないどす黒い雲であってもいつかはそこを突き抜けることができる。そしてそこに待っているのは紺碧に輝く空とまばゆいばかりの純白の雲海なのだ・・・と。

・・・かくも、清澄な静寂が・・・そこにはあった。

やがて機体は激しい揺れとともに降下し始める。再び暗い雲の中に入る。仙台が近づいてきたのだ。見慣れた阿武隈の流れの緩やかな曲線が目に入ってきた・・・と、ともにかつて海岸線に優美に続いた松林の、むごたらしくも無残な姿も・・・

着陸後、機体は静かに滑走路からターミナルへと向かう。そこにはかつて映像で見た悲惨は微塵もない。けれども、私は再び遙かに見える海岸線の松林に再び目をやった時、見えたものは・・・数本の松がまばらに生えた姿・・・あの日の冷たい水流を健気にも耐え抜いた数本が見えた。

空港を出て、かねて予約していたレンタカーを受け取りに行く。おそらくはそこも津波の被害にあったのであろう。立ち並ぶレンタカーショップはどれもが粗末な仮店舗ばかり。窮屈な狭い事務所で幾人もの客がその手続きをしていた。私の順番だ。通常通りの手続きの後、店員は私に近辺のガソリンスタンドの地図を渡す。給油についての説明だ。手作りの地図に示された十数軒のガソリンスタンドのうち、空港にほど近いいくつかのガソリンスタンドは赤く塗りつぶされていた。

「ここは今、営業していませんので車の返却の際の給油は国道4号線まで言ってもらわなければなりません。」

店員の説明を聞いて、そんな当たり前の事実にさえ気がつかずにいた自分が恥ずかしく思えた。映像で我々の目に入ったのは、空港の敷地内をいとも簡単に流されてゆく旅客機の姿と自動車たちの姿だけであった。けれども考えてみれば、それと同じ状況は空港の周辺に・・・いや、被災の地のあちらこちらに繰り広げられていたのだ。

マスメディアからの情報はより刺激的なものが中心だ。あるいはたまたまそこにカメラを回す人間がいたという奇跡的な偶然によって撮影された事柄しか我々の目には入ってこない。けれども、映像にはならなかった数々の悲惨は、我々が映像で目にした悲惨の数の数万倍に及ぶのだ。

私は一人、自らの想像力の乏しさに恥じ入っていた。

さて、車に乗り込んだ私は早速東松島へと向かう。9月4日・・・私の81になる父の誕生日だ。兄夫婦がその祝いをかねて昼食会を催すという。私もそのメンバーの一人に数えられているのだ。待たせてはいけない。かなり以前にできた東北縦貫自動車道とは別に、より海沿いに新しく北へと延びる高速道路が、私が郷里を離れた後にできていた。かつては2時間以上もかかったかのように思える道のりは、今は1時間ほどで済ますことができる。仙台東部道路だ。この道は高架のそれではなくうずたかく、土を盛り上げた構造になっている。それが津波を食い止めていた部分もあると聞いているが、これはあらかじめそのことを予想しての構造であったと聞く。

空港から北に向かう私にとって海岸線は右手の方向にあって、二重に遮るガードレールのせいで、津波に襲われたであろう我が郷里の大地は途切れ途切れにしか目に入ってこない。被災の状況は極めて瞬間的にしか私の目には入ってこない。

そして道は海岸線から離れ内陸に入り込んでゆく。

・・・もう1時間は車を走らせたであろうか。東松島市・・・私の目指す矢本の地が近づいてきた。映像でご覧になった方も多いとは思うが、津波に襲われ一時はその機能を失っていた自衛隊の松島航空基地のある町だ。

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