大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

とある新聞記事より・・・憤怒遣る方なし

紅旗征戎吾が事に非ず。

藤原定家はその日記「明月記」の中でかように呟いた。世の争いごとから一線を画して風雅の道に生きる彼の立場宣言と言ってよい。私も現実の立場はともかくも、せめてこのブログの中ではそうありたいと願い、その立場を貫きたいとは思っている。しかしながらそんな私であっても、どうにも黙ってはいられない・・・そんなときがあり、しばしば政治めいた話をせざるを得ないときがある。

今日も・・・どうにも黙ってはいられない・・・そんな思いで今キーボードに向かっている。

就任以来、その強権的な政治姿勢で世の耳目を集めている大和の隣の府の知事についてである。府政を改革してゆかねばならぬ・・・そんな大命題を背負って彼は多くの府民の支持を得て、その職に就いた。だから彼が実現しようとしていること自体、私はすべてを否定しようとは思わない・・・本当は否定したいのだが、それは彼を選んだ有権者の望むことでもあろう(多分)から、そこまでは私に否定する権利はない。

問題は彼がそのことを実現するためにとっている手法なのだ。そしてその手法の極たる事柄が、今、彼が率いるところの大阪維新の会の手によって行われつつある。

http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20111003-OYO1T00813.htm?from=main3

くわしくは上記リンクの読売の記事をご覧になられたいが、一部を抜粋すれば次のごとくである。

大阪都構想に協力しそうなら幹部に、敵対するなら左遷――。地域政党大阪維新の会を率いる橋下徹大阪府知事の「選別発言」に基づき、維新大阪市議団が、市長選(11月27日投開票)直後に市役所内に発足させる「府市統合再編推進本部」(仮称)の職員の人選を進めている。

今度の某都市の市長選挙に、当該の府知事が任期半ばにもかかわらずその職をなげうって(この事自体が大問題でその府民がなぜそれを問題にしないのか疑問なのだが)現市長とその座をあらそおうとしていることは皆さんもご承知であろう。その現府知事の一派が、その当選を見越して、市の職員に踏み絵を強いているのだ・・・まだ、通ってもいない選挙の結果を見越してである。

これが真っ当な感覚の持ち主のするわざであろうか。はなはだその感覚を疑わざるを得ない。そもそも公務員たるもの、市民の票を背に負った首長の政策を実現するべくその任についている。ならば、現府知事とは相いれない考えを持っている現市長の元で働くその市役所の職員が、その絵を踏むこと自体、できるはずのないことは明白ではないか。それをあえて踏めというのならば、それは公務員に対して市民の票を背に負った首長の政策を実現するという公務を放棄せよということにはならないか。

彼らの一派は先日同市において公務員の規律に関する条例案に提出した。てっとり早く言えば、上のいうことを聞かないものは免職するという条例案だ。そんな条例案を提出していながら、自分たちはその職員たちに現市長に背くことを強いる。これは今度の市長選を見越してパフォーマンスとしてもとても見過ごすことのできない愚挙である。彼らは自分自身で自らの提出した条例案を否定しているのだ。

これでは、仮に現府知事がその市長選に勝ったとしたならば、早速その絵を踏んだ職員を免職にしなければならない(彼の考えをそのまま生かせばの話である)ことになる。なんとなれば、今、すべての同市の職員は現市長の配下にある。それがその政敵たる現府知事の味方に付くとなれば、彼らの論理からすれば即罷免されるべきゆゆしき行動である。どう考えても筋が通らない。

けれども、怖いのはそれがまかり通ってしまっている今のこの国の状況にある。多分、私はこの国において少数派に位置する考えを持っているのだろうとは思うが、このままではいけないと思っている。こんなことを許していたら、今は公務員に向いている刃が、いつかあなたに向かわないとも限らないのだ・・・


こんなことを、この「三友亭雑記」に書くのははなはだ不本意である。しかしながら、今回の彼らの暴挙には黙視することができなかった。このブログを読んで下さる数少ない読者の方々にもさまざまな政治的な思考が存することだろう・・・ひょっとしたら、不愉快な思いをしていただいたかもしれない。もし、そうであったなら単なる政治音痴のたわごとと笑い飛ばしていただければ結構である。私は彼らの主義信条を否定するものではない。その手法を否定するのみである。なんとなれば、彼らの手法はその敵対する者の主義信条の存在を抹殺せんがための手法にしか見えないからである